翻訳と多重表現

最近の日本の小説家などで、多重表現が目立つ小説家がいます。

主に携帯小説などのジャンルなので、小説家と言えるのかは分かりませんが、本来、重複表現は小説家が、細心の注意を払わなければ行けない所なので、一つの作品に対して、何度も重複表現が使われている時など、小説家のみに関わらず、校閲を行うはずの編集者の水準も下がったものだと感じました。

例をだすと、「最高に最悪だ」や、「違和感を感じる」など、少し考えれば分かる様な誤植を見逃しているのです。

更には、語り手が誰か明確にしていないために、ある時は主人公が話しを勧めていたと思えば、全く違う天の声の様な語り手が現れたりと、統一感がない事も上げられます。

これを、自分の日記やノートに書いている事ならば気にもしませんが、読者から金をとり、読ませていると思うと、怠慢としかとれません。

そして、最近では翻訳会社などではなく、個人で翻訳家を名乗って活動している人物などでも、翻訳する際に多重表現を使っている場合もありますし、翻訳家の表現が稚拙な為に、読者の判断に任せている場合もあります。

やはり、しっかりとした翻訳を任せたいのであれば、翻訳会社などを使う方が良いのかもしれません。

翻訳と言葉の使い方

小説家などは、文章を書いた後に、細かく自らの文章が間違っていないかを読みなおす小説家もいます。

これは、誤字脱字を防ぐだけではなく、自分で使っている表現が間違っていたり、違和感がないかなどを見る為でもあります。

そして、翻訳会社などの翻訳家は、自らの翻訳した文章だけではなく、翻訳する元の文章も読み直した方が良いでしょう。

そうする事によって、自分が翻訳した文章が適切かを再確認する事ができます。

さらに、翻訳会社や翻訳家などは、「ながら」と言う表現に気をつけなければ行けません。

「彼女は笑いながら紅茶を飲んだ」と言う表現があるとしたら、彼女は、笑っていながらも、紅茶を飲んでいると言う事になってしまうので、紅茶を吹き出さないかと心配になってしまいます。

この場合なら、「彼女はひとしきり笑った後、紅茶を口にした」とか、「彼女は微笑みながら紅茶を飲んだ」の様に表現しなければいけません。

「ながら」と言う言葉は「行いながら」と言う事だと忘れない様に念頭において下さい。